灯りを消したあとで11 / 17

第十章乾杯のあと

十二月、追加の九拠点も正式に動き始め、発注元と導入の確認を終えた。これで「環」を使う現場は十二拠点になった。稼働後の様子を見る訪問は残っていたが、新しい仕組みで日々の出荷を進める段階には入っていた。

その仕事を祝う会には、十二人が集まった。

社員だけでなく、外で手伝ってくれた人と、顧客の担当者も来た。店の長い机には、人数分のグラスが並んだ。

航は、椅子が一つ余っているような気がした。

十二拠点の完成を祝う店で航が人数分の椅子を見渡す。卓にはグラスと料理、席は実際には余っていない。澪と修司は写さず、背景客は普通の成人の客。
最初から予約しなかった席。

数えると、余っていなかった。

澪の分は、最初から予約していない。修司は、稼働後の確認で最後の一拠点を訪ねてから来ることになっていた。

黒崎が立って、百舎の仕事を褒めた。

最初に三拠点。その後十二拠点。前の拠点から届いた行き先と数量を、そのまま次の拠点で使えるようになった。表を一から打ち直したり、変更の電話を待ったりする時間が減った。予定された範囲を納めたという報告にも、現場が助かったという声にも、架空の成果は一つもなかった。

西尾からの問い合わせは、まだ閉じていなかった。今夜の完成報告に書かれなかった十月の一件を、航だけがグラスの向こうに置いていた。

小池は、自分が担当した箇所の話になると、隣の阿部の腕をつついた。阿部は、うん、うん、と大きく頷いた。

二人とも、春の危機を知らなかった。

ここは彼らにとって、初めて自分の仕事が客の前で褒められた会社だった。

航はそれを嬉しいと思った。

同時に、今夜そのことを修司と話せないのが寂しかった。

航の挨拶の番になった。

礼を言い、苦労を話し、来年の計画に触れた。

「ここなら、みんなが自分の居場所を持てる。そういう会社にしていきたいと思っています」

拍手が起こった。

小池はまっすぐ拍手をした。

航は、その信頼を受け取るのが怖かった。

店の長い机で、小池と阿部たちが挨拶を終えた航へ拍手を送る。航はその信頼を受け止め、黒崎も席から見守っている。
初めて客の前で褒められた仕事。小池はまっすぐ拍手をした。

店を出たとき、修司から連絡があった。現場の確認が延びた。終わったが、今日は帰る。

お疲れ、と打った。

続けて、今度ゆっくり、と打ち、消した。

黒崎が隣に来た。

祝賀会の店を出た航へ、黒崎が全国展開の提案資料を差し出す。
祝杯の外で、次の三年の話が始まった。

「少し歩くか」

駅までの道で、全国展開の話をした。

発注元は、地方の十二拠点で使い始めた「環」を、全国の拠点でも使いたいと考えていた。そのたびに一から作り直すのでなく、共通で使う部分を整えて、全国の情報をつなぐ。百舎の仕事は、その土台にしたいと言われるほど評価されていた。

九拠点を追加したときは、百舎がいまいる人に二人を加え、自分たちで現地へ通った。次は同じやり方で回れる数ではない。黒崎の会社が各地の導入担当や専門の技術者を集め、発注元と工程ごとの前払いを交渉する。百舎は仕組みの設計と導入を担い、航には、その責任者として三年残ってほしいという提案だった。新しく株を買ってもらう話とは別で、黒崎がいま持つ二割はそのまま残る。

各地の要望をどこまで共通の仕組みに入れるか。新たな導入と、既に動いている拠点の手直しを、どの順番で進めるか。現場を回る人数が増えても、その判断はなくならない。航は各地の担当者と計画を決め、人を配置し、発注元と変更を話し合い続けることになる。

一方で、採用や開発の費用を、次の入金まで百舎だけで抱えなくて済む。岡野が手をつけたがっていた共通部分の作り直しにも、人と時間を割ける。現場から頼まれるたびに小さく直してきた仕事を、十分な体制で作り育てられる話でもあった。

「資金のことだけ考えれば、今よりずっと楽になる」

黒崎はそう言った。航にも、それは分かった。

「修司が辞めるんです」

黒崎に話すのは、初めてだった。

黒崎は、そうか、と答えた。

「成瀬さんもだったな」

「二人がいて、ここまで来たので」

「ここまで来たから、二人にも次があるんだろう」

航は立ち止まった。

黒崎にそのことを言われると思っていなかった。

「それでも会社は続く。君の責任も続く。立ち止まっていたら、今いる人間まで困る」

黒崎は自分の携帯電話を見た。着信はなかった。時刻を確かめただけだった。

「私も、最初の相棒は残らなかった」

「後悔してますか」

黒崎はしばらく考えた。

「しても給料は払えん」

答えになっていなかった。

だが、航はその答えに助けられたくなった。

全国へ進めば、いままで払ったものが大きな仕事のための代償になる。二人を失ったのも、孤独になったのも、そこへたどり着くために必要だったと言える。

祝賀会後の駅への道、航と黒崎が並んで歩く。航は三年の大きな仕事へ救われたくなり、黒崎は落ち着いて話す。既存の資料を差し出す絵とは別に、歩く二人の横顔。
必要だったと言える先へ、行きたかった。

そう考えると、歩き出せた。

駅の前で、黒崎は契約案を送ると言った。

「君ならできる」

航は、その言葉を欲しかった。

欲しいということが、もう、少し恐ろしかった。

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目次

HAPPY · 灯りを消したあとで

  1. 01序章|百円の領収書
  2. 02第一章|折って持ち帰れる地図
  3. 03第二章|届かないもの
  4. 04第三章|七分の使い道
  5. 05第四章|知らない人の名前
  6. 06第五章|よい知らせばかりの日
  7. 07第六章|ここでなくても
  8. 08第七章|待っている人
  9. 09第八章|十一月三十日
  10. 10第九章|あの夜を消す
  11. 11第十章|乾杯のあと
  12. 12第十一章|何も起きない夜
  13. 13第十二章|署名する手
  14. 14第十三章|返さなくていいもの
  15. 15第十四章|一人分の夕飯
  16. 16第十五章|冬の海を聞く
  17. 17終章|灯りを消したあとで
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