第十章向かいの席の人
十二月の第二週、追加九拠点の最後の一か所が、新しい仕組みへ切り替わった。
最初の三つと合わせて十二拠点。誤った紙を見分け、変更前のものを回収する手順は、現場の人にも試してもらった。百舎が作った機能だけでなく、西尾たちの予定の組み直し、水原の人員確保、以前からの業者が担当する研修もあって、年内に終わった。
その日の夕方は皆で弁当を取った。小池は、説明した現場の壁に貼られた紙の写真を見せた。角が折れていたので、撮り直したかったらしい。
「使ってたら折れるだろ」
修司が言うと、小池はその写真を残した。

翌日、航は全国展開の相談を皆へ見せた。黒崎の人員削減案は採らず、雇用を続ける費用を含めて受注を目指す。その判断も先に伝えた。
小池は、ありがとうございますとは言わなかった。
「私、もう切るって決まってから教わってるのかと思いました」
航は首を振り、そうではないと答えた。そこで安心して話を終えず、育成の予定を二人と確認した。岡野が減らした定型作業の時間を、阿部は設定の例外確認へ、小池は顧客の質問を整理する仕事へ使いたいと言った。
「それを覚えたら、また、その分はなくなりますか」
阿部が聞いた。
「同じ転記を続けて残すことはしない。仕事が変わるときは、次に何をするかと、覚える時間を一緒に出す」
航は答えた。ずっと同じ人数で何があっても払うという保証ではない。今、なくなったのは何の作業か。人が判断する例外はどれか。そこを調べず、減った時間をそのまま人の不要へ変えない。
小池は、現場の人の質問を録音して自分で答え直す日が欲しいと言った。客のところへ行く日ばかりなら、同じ説明をうまく繰り返すだけになる。阿部は、違う設定で同じ表を出す練習をしたいと言った。

航は二人の希望を勤務表へ入れた。一方で、新しい営業へ出る日を一つ動かした。育てる金は黒崎の表へ抗議を書けば生まれる金ではない。どの仕事を後にするかまで、百舎が決める。
二人は次の練習で、以前の説明を間違えた。小池は質問の途中で先に答え、阿部は現場の紙を見ずに設定を合わせた。岡野が止めると、阿部は前の画面へ戻った。航は、その時間を無駄だとは言わなかった。

終わるころ、二人の手順表は最初より長くなっていた。仕事が減ったはずなのに、覚えることが増えている。阿部は、それでもこの違いは分かりたい、と言った。席に座っているためではなく、自分で確かめられる範囲を広げるための言葉だった。
岡野は全国の構成を見て、やりたい、と言った。自分の仕事が誰かの解雇に使われなかったことと、作りたいものを作れることは、別だった。
阿部は知らない県名を指で押さえた。
「毎週泊まりだと、困ります」
平日の夜に陶芸を習っているという。岡野が意外そうにすると、きちんと丸くならないから通ってるんです、と答えた。
笑ってから、航は泊まれる日を尋ねた。趣味の内容が立派なら予定を認める、という決め方にはしなかった。
全国の仕事を分ける相手を探し、航は榎本という保守会社の社長へ会いに行った。機器と現場の対応に強く、水原の会社とも長い付き合いがある。黒崎が紹介を断らず連絡先を渡したのは、共同で受注すれば自社の仕事にもなるからだった。
榎本は五分遅れ、濡れた傘を入口に置いた。
「今日は四十分で出ます」
謝って座るより先に言った。
百舎が画面と配送表を作り、榎本の会社が現地で機器や操作を確かめる。境目の不具合は調べて分ける。航が話すと、榎本は資料を閉じずに尋ねた。
「うちを、困ったときに呼ぶ人にしたいんですか」
「そういうつもりでは」
「じゃあ、呼ばれるかもしれない日に、人を待たせる金は誰が払いますか」
航の見積りには、出動した費用しかなかった。
「前は私が夜に出て、そのあと社員も出てたんです。善意だと思ってたら、いつの間にか契約より強くなる」
榎本は隣の部屋から、現場へ行く予定の入った表を持ってきた。呼ばれる可能性のある午後を二つ、空白にしていた。その時間に仕事が入らなくても、会社は社員へ給与を払う。
「ここが空いているからって、この人が暇なわけじゃないです。別の客の点検も入れられる。家へ帰すなら、帰っていいと決めなきゃいけない」
表の端に、取り消しになった点検の日があった。急ぐかもしれないという連絡を受けて午後を空け、夕方、今日は呼ばないと分かったのだという。元の客には別の日を頼み、社員は待っている間も会社にいた。
航は、今回そうするつもりはない、と言うのをやめた。今の見積りなら、同じことが起きる。善意の相手を見つければ、表へ書いていない午後を、誰かの会社から借りられるつもりで来ていた。
榎本は水を飲んだ。
「百舎さんがいい会社かどうか、まだ知りません。うちの社員に、それを確かめさせる時間は使えません」
航は冷たい人だと思った。自分は人を守るために来たのに、とも思った。その「人」の中に、向かいの会社の社員はまだ入っていなかった。
二人は数字を直した。待機の費用、交代できる人数、連絡を受ける時刻。四十分では決まらなかった。

時計が約束の時刻に近づき、航は五分だけ延ばしてもらおうとした。担当する社員の予定まで、榎本が今答えられるわけではない。鞄へ資料を戻し、次に確かめる項目を送ることにした。
榎本は立ち、次は担当する社員にも来てもらうと言った。会計は別々だった。
航は会社へ戻り、共同受注の図を描き直した。空白になっていた人の時間へ金額が入ると、当初の利益は薄くなった。
同じ日の夕方、榎本は社員へ共同案の話をした。夜にいつでも出る仕事ではないこと、予定を空ける時間にも費用を請求すること。その条件なら関われると言う人も、遠い拠点は難しいと言う人もいた。

榎本は、全員が乗り気ですという返事を航へは送らなかった。次の相談へ来る社員と、先に確認する日を伝えた。それを受け取って、航は初めて、自分の役割表の中へ相手の名前を書く前に、その人の返事が要るのだと分かった。
それでも岡野は、調査の結果が渡るなら作れる、と言った。人を置いたままでも、仕組みをよくする余地はある。今は、それを買ってくれる客が必要だった。