看板のない朝12 / 17

第十一章完成するまでの夜

年が明けても、百舎は続いていた。

続けられる会社になったという意味ではなかった。

十二月には、古い方法を残していた拠点から順に切り替えを進めた。引き受け先の担当者も説明を聞き、百舎が答えてきた問い合わせを、自分たちで受けられるか確かめた。年内には最後の二拠点が残り、一月に確認を終える予定になった。

弁護士と会計の専門家にも相談し、黒崎の会社と引き受け先、顧客とで、残された費用の中で終える仕事を確かめていた。事業を止める日と、百舎の債務や契約を整理し終える日は、同じにならない。借入の元金はまだ五百万円で、四月分の元金返済が始まる時期も近づいていた。通常どおり払えるという約束にはせず、未払いを含め、何がいつ払えるかを資料にして協議した。

新しい注文で穴を埋めることはしなかった。社員ごとに、移行を担当する期間、引継ぎと片付けをする期間を話し合い、その賃金の扱いと、いつまで働くかを別々に確かめた。自分たちの見込みが外れれば、誰かに善意で残ってもらうという空欄を、今度の表には作らなかった。

相談が増えるたび、誰も知らない扉が開くわけではなかった。

やめる費用は前からあった。払えない分も前からあった。人へ話すことで消えたのは、航だけが知っているという状態だった。

樋口からの電話に出られなかった日が、一度あった。

会議中ではなかった。

画面に名前が出るのを見て、そのまま鳴りやむまで待った。

会議中ではないのに、樋口の電話が鳴りやむのを待つ航。
逃れた三十分と、相手の一週間。

樋口が最初の相談に来たとき、航は何度も礼を言った。礼は言える。だが同じことをまた聞かれ、まだ決まらないと答えることには耐えられなかった。

三十分後、理恵が、樋口さんから私にも連絡が来ました、と言った。

「忙しかったですか」

航は首を振った。

理恵は次の言葉を待った。

「怖くて、出られなかった」

理恵は少しの間、何も言わなかった。

「私から返事をしていいか、まだ言われていません。私が伝えられるのは、社長の返事を待っているということだけです」

航は受話器を取った。

樋口は、こちらも何も決まらないんです、と言った。

百舎から受け取れる額と時期が分からず、樋口も自分の取引先へ返事ができない。手元の金で引き受けられる仕事を選び、一件を断った。百舎から電話が来なくなると、今月の入金に数えてよいのかどうかさえ決められなかった。

「出られなかったんじゃなくて、出ませんでした」

航は言った。

「俺が電話したのは、今週の予定を決める前だったんです」

樋口は答えた。

「入る日が決まってないなら、そう返ってくれば、別の金でやれる現場だけ組みます。連絡がないと、いま決めてるのか、決まったけど言ってないのか、こっちで考えるしかない」

航は手元にある資料を見た。払えると確定していないことは、三十分前にも同じだった。確定していないと返すことまで、待たせる必要はなかった。

謝ってから、今日分かることと、次に連絡する日を話した。樋口の声は最後まで硬かった。

電話を置くと、修司が入口に立っていた。

次に電話をかける日を、航は壁の予定にも書いた。樋口の声が最後まで硬かったことを、怒りを鎮める次の機会としては書かなかった。入る金が決まらなくても伝える日だった。

「車、下に回した」

最後の二拠点へ行く日だった。

現場では、阿部が一人で紙の順番を確かめた。小池が説明し、岡野が操作の記録を取った。以前より短い説明で済んだ。

帰り道、五人の乗った車はほとんど無言だった。疲れていた。修司はコンビニへ寄るかと聞き、全員が頷いた。

最後の二拠点の確認から戻る、疲れた五人の車内。
完成するまでの帰り道。

駐車場で、岡野が肉まんを二つに割った。左手の半分には、皮しかなかった。右手のほうを開くと、具はそちらへ全部寄っていた。

「不具合」

阿部が言った。

岡野は、食べれば分からなくなります、と言って、左右を交互にかじった。

冬のコンビニの駐車場で、岡野が具の偏った肉まんを左右交互に食べる。航、修司、小池、阿部が小さく笑う。
半分に割ったら、具は片方に寄っていた。

航は笑った。

一月の最後の金曜、十二拠点目の確認が終わった。

待っていた出荷表が、入口のプリンターから出てきた。

紙が途中で曲がったので、現場の人が無言で引き抜き、もう一度印刷した。

二枚目を見て、これでいい、と言った。

現場の人が積み込む箱を数え、修司が配送表の行き先と数量を照合した。次の拠点にも同じ情報が届いていることを岡野が確かめ、最後に水原が導入の確認書へ署名した。最初の三拠点を含む十二か所が、新しい仕組みで普段の出荷を進められる状態になった。

最後の配送拠点で、修司が出荷表と箱を照合し、岡野が画面を確かめる横で、水原が導入確認書に署名する。
十二拠点目の確認が終わる。

修司は壁に手をついた。倒れたのではなかった。靴の中に入った小石を出そうとしていた。

航はしばらく、その背中を見ていた。

終わった、と言えばいい。

言った。

修司が顔を上げ、頷いた。

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目次

BAD · 看板のない朝

  1. 01序章|折り目のある紙
  2. 02第一章|三つの青
  3. 03第二章|六時の店
  4. 04第三章|同じに見えた九つ
  5. 05第四章|冷蔵庫の裏
  6. 06第五章|渡せる時間
  7. 07第六章|椅子の代金
  8. 08第七章|ここから止める費用
  9. 09第八章|向こうの机
  10. 10第九章|待つ人の順番
  11. 11第十章|十一月三十日
  12. 12第十一章|完成するまでの夜
  13. 13第十二章|六時の写真
  14. 14第十三章|百舎御中
  15. 15第十四章|取りに来る人
  16. 16第十五章|壁の四角
  17. 17終章|看板のない朝
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