第十一章完成するまでの夜
年が明けても、百舎は続いていた。
続けられる会社になったという意味ではなかった。
十二月には、古い方法を残していた拠点から順に切り替えを進めた。引き受け先の担当者も説明を聞き、百舎が答えてきた問い合わせを、自分たちで受けられるか確かめた。年内には最後の二拠点が残り、一月に確認を終える予定になった。
弁護士と会計の専門家にも相談し、黒崎の会社と引き受け先、顧客とで、残された費用の中で終える仕事を確かめていた。事業を止める日と、百舎の債務や契約を整理し終える日は、同じにならない。借入の元金はまだ五百万円で、四月分の元金返済が始まる時期も近づいていた。通常どおり払えるという約束にはせず、未払いを含め、何がいつ払えるかを資料にして協議した。
新しい注文で穴を埋めることはしなかった。社員ごとに、移行を担当する期間、引継ぎと片付けをする期間を話し合い、その賃金の扱いと、いつまで働くかを別々に確かめた。自分たちの見込みが外れれば、誰かに善意で残ってもらうという空欄を、今度の表には作らなかった。
相談が増えるたび、誰も知らない扉が開くわけではなかった。
やめる費用は前からあった。払えない分も前からあった。人へ話すことで消えたのは、航だけが知っているという状態だった。
樋口からの電話に出られなかった日が、一度あった。
会議中ではなかった。
画面に名前が出るのを見て、そのまま鳴りやむまで待った。

樋口が最初の相談に来たとき、航は何度も礼を言った。礼は言える。だが同じことをまた聞かれ、まだ決まらないと答えることには耐えられなかった。
三十分後、理恵が、樋口さんから私にも連絡が来ました、と言った。
「忙しかったですか」
航は首を振った。
理恵は次の言葉を待った。
「怖くて、出られなかった」
理恵は少しの間、何も言わなかった。
「私から返事をしていいか、まだ言われていません。私が伝えられるのは、社長の返事を待っているということだけです」
航は受話器を取った。
樋口は、こちらも何も決まらないんです、と言った。
百舎から受け取れる額と時期が分からず、樋口も自分の取引先へ返事ができない。手元の金で引き受けられる仕事を選び、一件を断った。百舎から電話が来なくなると、今月の入金に数えてよいのかどうかさえ決められなかった。
「出られなかったんじゃなくて、出ませんでした」
航は言った。
「俺が電話したのは、今週の予定を決める前だったんです」
樋口は答えた。
「入る日が決まってないなら、そう返ってくれば、別の金でやれる現場だけ組みます。連絡がないと、いま決めてるのか、決まったけど言ってないのか、こっちで考えるしかない」
航は手元にある資料を見た。払えると確定していないことは、三十分前にも同じだった。確定していないと返すことまで、待たせる必要はなかった。
謝ってから、今日分かることと、次に連絡する日を話した。樋口の声は最後まで硬かった。
電話を置くと、修司が入口に立っていた。
次に電話をかける日を、航は壁の予定にも書いた。樋口の声が最後まで硬かったことを、怒りを鎮める次の機会としては書かなかった。入る金が決まらなくても伝える日だった。
「車、下に回した」
最後の二拠点へ行く日だった。
現場では、阿部が一人で紙の順番を確かめた。小池が説明し、岡野が操作の記録を取った。以前より短い説明で済んだ。
帰り道、五人の乗った車はほとんど無言だった。疲れていた。修司はコンビニへ寄るかと聞き、全員が頷いた。

駐車場で、岡野が肉まんを二つに割った。左手の半分には、皮しかなかった。右手のほうを開くと、具はそちらへ全部寄っていた。
「不具合」
阿部が言った。
岡野は、食べれば分からなくなります、と言って、左右を交互にかじった。

航は笑った。
一月の最後の金曜、十二拠点目の確認が終わった。
待っていた出荷表が、入口のプリンターから出てきた。
紙が途中で曲がったので、現場の人が無言で引き抜き、もう一度印刷した。
二枚目を見て、これでいい、と言った。
現場の人が積み込む箱を数え、修司が配送表の行き先と数量を照合した。次の拠点にも同じ情報が届いていることを岡野が確かめ、最後に水原が導入の確認書へ署名した。最初の三拠点を含む十二か所が、新しい仕組みで普段の出荷を進められる状態になった。

修司は壁に手をついた。倒れたのではなかった。靴の中に入った小石を出そうとしていた。
航はしばらく、その背中を見ていた。
終わった、と言えばいい。
言った。
修司が顔を上げ、頷いた。