第三章同じに見えた九つ
合計十二拠点。
八月の会議で壁に地図を貼ると、同じ発注元から追加で頼まれた九つの拠点は、既に動いている三つの周囲に点々と並んだ。三つを十二に置き換えるのではない。最初の三拠点の問い合わせや手直しに対応しながら、残る九つを順に新しい仕組みへ移す仕事だった。
四月には、次の入金がなければ会社を続けられなかった。今は、当面の支払いを越す見通しがある。毎月の保守と、小さな改修を増やしながら借金を返す案を、理恵は用意していた。時間はかかる。黒崎の持分を買い取る金は、もっと先になる。それでも、三拠点から先を急がずに続ける案はあった。
九拠点を受ければ、まとまった売上が立ち、その後に保守を続ける仕事も得られる。人を増やし、修司一人に現場と製作を背負わせずに済む。航には、皆が出ていかなくてもそれぞれの仕事を持てる部屋が見えた。
「これが終われば、借りた三百万にも手をつけられる」
航が言うと、黒崎は、利息を払ってくれれば急がなくていい、と答えた。
黒崎は依存が長引くことを恐れていなかった。早く借りを減らしたいのは航のほうだった。会議机の下へ目を落とすと、四年前の延長コードが椅子の脚を回っていた。
黒崎が次の訪問先へ出たあと、航、修司、理恵、岡野の四人は、持ち帰った帳票を広げ直した。
画面は共通にできる。拠点ごとに違う部分は、設定を変えればいい。そうできなければ、同じ苦労を十二回することになる、と岡野は言った。
修司は二拠点を先に訪ねた。古い帳票を持ち帰り、机に並べた。使っている機械も、紙の大きさも違ったが、扱う荷物の情報は似ていた。
「ここをそろえればいけると思う」
修司は、箱の数を書く欄を指した。
理恵は日程を見ていた。未調査の七か所に、鉛筆で小さな三角をつけた。

「全部見てからでは、間に合わないんですか」
「先方が年内にそろえたい。来年の担当者の配置も決めるから」
航が答えた。
「調査を先に別の契約にできないか、聞いてみませんか」
理恵は三角を指した。
航は首を振った。二段階の見積もりになれば、発注元は別の会社の案とも比べ直す。黒崎からそう聞いていた。失うかもしれない仕事を、机の上にいったん置けなかった。
理恵は鉛筆を置かずに待った。
「七か所の仕事が違ったら、何日まで、この金額でやれますか」
修司が既存の三拠点に使った日を示した。岡野は同じ処理をもう一度作らずに済む範囲を示した。どちらも、本当に減らせる仕事だった。航はその横に、まだ訪ねていない場所の名前を書いた。そこだけ、何を減らせるかは答えられなかった。
「条件だけでも、明日聞こう」
そう言えば、理恵はそのまま確認事項へ入れられた。航は水原へ話す文を頭で作った。調査のあとで変わる金額を、今すぐは決められません。その文の先で、相手が別の会社の資料を開くところまで見えた。
「余裕は残す。まず、この形で提案したい」
航は未調査の名前を消さなかった。ただ、答えを待つ項目としては残さなかった。
急ぐ理由は、顧客にもあった。古い仕組みを知っている人が冬に退職する。拠点を行き来している人の負担を減らしたい。同じ会社なのに場所ごとにやり方が違うのはおかしいと、顧客の担当者も長く思っていた。
翌日、航と修司は発注元の会議室を訪ねた。業務責任者として今回の導入をまとめる水原は、二人が広げた紙を見て言った。
「例外があるのは承知しています。そのたびに追加となると、社内で説明できません。通常の出荷ができるところまで、まとめてお願いしたいんです」
通常、という語の横へ、航は丸をつけた。
特殊な仕事は入れない。現場で今できている出荷を、新しい仕組みでもできるようにする。それなら説明のつく約束だと思った。
修司も頷いた。
合計の代金を先に決め、通常の出荷に必要な違いは、その中で引き受ける。最初の三拠点では、途中で仕事を増やさないよう範囲を確かめた。今回は、まだ見ていない拠点の違いも含めて、通常の出荷ができるところまで請け負う。その違いを、航は見落としているつもりではなかった。
航は契約案の欄外へ、未調査の拠点は確認後に協議、と書きかけた。水原はその手元を見ていた。聞き直すなら、いま聞けた。
「最初の三つより、違いが大きければ」
航がそこまで言うと、水原は、通常の出荷ができるところまでという範囲は変えません、と答えた。それが先方の希望だった。航が必ず引き受けなければならない命令ではなかった。
修司が隣で資料を揃えた。ここまで作ったものを使えば、きっと間に合う。航はそれを信じた。信じられなかった七つの現場についても、同じ返事に含めた。
航は書きかけた欄外の条件を線で消し、その条件で受けます、と答えた。

水原は、調査が済んでいない七か所もその金額に入るのですね、と確認した。
航は、はい、と答えた。知らなかったのではない。まだ知らないことを、自分たちなら引き受けられると判断した。
帰る前に、合計額と引き受ける範囲へ、自分の名を書いた。修司は技術の確認をしたが、その額で会社として受ける署名は航のものだった。紙を戻す直前にも、未調査を条件として残す話に戻れた。

水原から、では配置の準備を進めます、と言われた。航は、お願いします、と答えた。まだ訪ねていない場所で働く人の来年も、この紙をもとに組まれ始めた。
百舎へ戻り、二人は理恵と岡野に条件を伝え、四人で作業の予定を固めた。
最初の三拠点と同じだけの日数はかからない。使えるものはできている。移行の説明には人が要るので二人採る。古いデータの整理には外の力を借りる。もう一部屋借りれば、相談する人と作る人が互いを邪魔せずに済む。
理恵が、手直しのために残す日を示した。
岡野は、自分が先に共通部分を整えれば、そこまで使わないと言った。
「使わなくても、消さないでおこう」
航は言った。
慎重に決めている実感があった。反対を黙らせたのでも、表を見なかったのでもない。余裕を残し、人を増やし、先方とも話した。

その余裕を計算するときの基準は、既に終えた三拠点の作業日数だった。下見した二か所の帳票も似ていたので、ほかの七か所にも同じ直し方を使えると考えた。見ていない仕事がどれだけあるかという問いは、作業日数の表には残らなかった。
隣室の鍵を受け取った日、修司は床へ寝転がり、これから机を置く場所の幅を測った。
「一メートル八十」
「お前そんなにないだろ」
「靴込み」
二人で笑った。
廊下から澪が顔を出し、自分も机を運ぶと手を挙げた。
この部屋ができて嬉しかったことを、航は最後まで、間違いだけにはできなかった。

その晩、岡野は翌月の予定に、共通部分を整える週を書いた。修司は現場へ行く日を分け、誰かに教えられる時間が増えると話した。航は二人の声を聞き、この選び方でよかったと思った。

まだ見ていない七か所には、誰も間違いの印をつけていなかった。航はその空白を、これから自分たちが埋められる余地として読んだ。