第四章冷蔵庫の裏
九月の初め、既存の三拠点から数えて五つ目の拠点で、新しい画面を試すと、朝の便へ積む荷物の数が合わなかった。追加九拠点の二か所目で、まだ試用の日だった。現地には航と修司が来ており、普段の出荷は古い表で続けていた。
行き先も品物も、一覧には載っている。荷物そのものが抜けているのではない。どの運送会社へ何箱渡すかを画面でまとめると、現場の人が用意した数と違った。
現場の女性が、休憩室の冷蔵庫へ歩いていった。
その横の隙間に、細いホワイトボードが立ててあった。
「こっちに書くんです。曜日で変わる人」
配達する先ではなく、途中で荷物を受け取る別の運送会社が、曜日ごとに違う。古い一覧では備考欄へ名前を入れることになっていた。しかし印刷すると字が小さすぎたので、いつの間にかボードで確かめるようになった。作業員はその日の会社名を見て箱をまとめる。百舎が受け取った一覧だけでは、その振り分け方を再現できていなかった。
「それ、前に聞いたときは」
修司が言いかけた。
女性は困った顔をした。
「画面の話を聞かれたから」
彼女にとってボードは、画面の不足を補う例外ではなかった。毎朝そこへ立って書く、普通の仕事だった。
修司は、すみません、と言った。
帰りに、航と二人で一時間以上、駐車場から出られなかった。
曜日ごとに荷物を渡す会社を変えること自体は、画面の作りとして難しくない。だが、これを入れなければ、その拠点では普段の荷物を出せない。八月にまとめて引き受けた範囲に入る仕事であり、見つけた分だけ代金が増えるわけではなかった。
他の拠点にも、聞き方が違えば出てくる仕事があるのではないか。既にある表へ情報を足すだけでは、今の人たちが判断している順番を移せない。
「七つ目も見てくる」
修司は予定を開いた。
「来週の説明は?」
「俺が両方行く」
言ってから二人とも黙った。
百舎へ戻ると、九月に採った小池と阿部が、自分の名前の入った新しい連絡先を確かめていた。小池は利用者への説明と現場の導入、阿部は画面の設定と、手順どおりに動くかの確認を担当する社員だった。最初の三か月は修司や澪につき、客先での仕事を覚える約束で入社した。小池は読み方を間違えられやすい客先名を紙へ書き、阿部は会議の時間を自分の手帳へ移していた。

これで百舎は、代表の航を含めて七人になった。仕事を分ける相手は増えたが、最初から一人で現地を任せられるわけではない。修司や澪が付き添う日も予定に入っていた。

航は二人へ、来てくれてよかった、と言った。
本当だった。まだ悪い話だけをするつもりにはなれなかった。
翌週の会議に出すため、修司は報告を書いた。五つ目の試用をいったん止めること。他の七か所にも、一覧表に出ていない作業があるかもしれないこと。全体の予定と費用を見直す必要があること。

航は黒崎に先に見せた。資金の相談も要ると思ったからだった。
「全部に問題があると、今、言うのか」
黒崎は最後の二行を指した。
「まず一か所を直してみろ。直せたあとなら、一週間余計にかかっただけの話になる。先方へ不安を売ってどうする」
「他でも違いが出れば、年内がずれます」
「まだ出てない。報告を待つか決めるのは君だ」
航はその夜、報告を送る画面を開いた。全体の日程と費用を見直す必要がある。修司の最後の二行は、まだ知らないことがあるという、正確な説明だった。
水原へ出せば、応援の配置を止めるか、別の現場へ回す前に余裕を残すかを相談できる。九つを受けた条件も聞き直せる。年内という約束を守れるかどうか、分かっていないと認める必要があった。
電話をかけようとして、発信の画面まで開いた。

新しい二人は来てくれてよかったと言われたばかりだった。岡野は共通部分を作る週を待っていた。最初の三つでできたことを、二つ目の試用で早くもできないと言う。水原だけでなく、彼らにも、その順で知らせることになる。
一か所なら、自分たちで直せる。その一か所を直してから話せば、まだできる会社として説明できる。
航は電話を閉じた。報告の末尾へ、ほかの拠点については確認できていません、と自分で一文足した。そこまで伝えれば、全体に問題があると決めつけずに、必要な注意を知らせられた。
送信する前に、その一文と修司の二行を選び、消した。
五つ目の現場には、新しい画面への切り替えを待ってもらう。水原には、その一か所を直している、とだけ伝える。ほかの現場の配置まで変えさせるのは、調べてからにする。航は削ったあとの報告を送り、送信した時刻を確かめた。

消した二行は自分の手帳へ写した。忘れないためだった。忘れなければ、隠していない気がした。

修司は送信した文を見て、顔を上げた。
「全体の話は」
「一週間だけ、くれ」
「先方は、予定どおりに進むつもりだぞ」
「来週、俺が話す」
一週間で直せた部分はあった。そのために七つ目の下見が遅れた。遅れた下見で空箱の返却が別の紙になっていると分かり、航は、これも確かめてから、ともう一度待った。
二度目には、最初に送らなかった報告を開く時間が短くなった。今から知らせれば、一週間前にも分かっていたと答えなければならない。直す仕事へ戻れば、その問いを今日だけは受けずに済む。

修司は、水原さんの予定も動く、と言った。
「来週には、残りも揃う」
航は揃っていない予定を口にした。黒崎へもう一度決めてもらうことはしなかった。
水原から、十一月の応援要員を別の拠点へ戻してよいかと連絡が来た。新しい仕組みになれば必要な手間が減るはずだった。
航は返事の最初に、全体の確認は残っています、と打った。水原の質問は、十一月に何人をどこへ置けるかという質問だった。百舎の作業が忙しいこととは別に、相手が今日決める必要のあることがあった。
その文を残せば、留保している理由を尋ねられるだろう。航は一度、送信先を見た。まだ返事をしないという選択にも、相手を待たせる結果があった。
書いた文を消し、今のところ予定は変えていません、と答えた。
今のところ、と書いた指は、自分で動かしたものだった。
三週間後、九拠点を調べ直さなければ、残る日程を約束できないと伝えたとき、水原は声を荒らげなかった。
「いつ、分かったんですか」
航は、冷蔵庫の裏のボードを見た日を答えた。
「その日に、分かっていないと言ってほしかった」
既に別の現場へ回した応援要員を戻すには、別の会社へ仕事を頼まなければならない。古い表を知る担当者には、退職前の説明日を追加で作ってもらう。三週間は、百舎の机の上だけで過ぎたのではなかった。
「配置を変える前に、あなたに聞きました」
水原は送った問い合わせを画面へ出した。
「この返事で、別の拠点へ戻していいと判断しました。そこでは、もう、その人がいる予定で仕事を受けています」
航は、修正を終えてから確かなことを伝えたかった、と言った。
「確かな説明を待っていたんじゃありません。予定を変えるかもしれないと、決める前に知りたかったんです」

水原は一度言葉を切った。呼び戻す費用だけではない。その担当者に、行くと言った現場へ事情を説明させる。代わりの人に、知らない表を覚えてもらう。現場ごとの予定を、もう一度確かめる。航が報告を待った理由は、彼らに代わってそれを決められる理由にはならなかった。
その日の夕方、水原は戻せない要員の代わりに入る人と、古い一覧の読み方を確かめた。最初の説明で分かったつもりになっても、荷物を前にすると迷う箇所があった。教える担当者は冬の退職前に休みを取る予定で、追加の説明日を作れば、家の片付けに使う日が減った。
「この日は、午後までなら来られます。夕方は、もう約束があるので」
担当者は暦を指した。水原は承知しましたと答えた。百舎へ先に知らせてもらえていれば、勤務中に確かめられた順番を、今はその人が休みに使うはずだった日へ足す相談をしていた。
水原は帰宅の連絡を遅くなるに変えた。残った人たちへ手順の写しを渡し、一度ずつ説明してもらった。仕組みを切り替えれば早く帰れる、と自分が話した相手だった。

*
水原は自社の担当者を増やし、倉庫の奥から過去の帳票を集めさせた。足りなかった紙が箱で届いた。
澪が箱を開けると、乾いた埃が光った。航は、直すための資料がそろった、と言いかけた。修司の机には、三週間前に作った報告がそのまま残っていた。
理恵は届いた箱と、増えた出張費の明細を見比べた。調べ直すあいだにも七人の給与と二部屋の家賃は要る。完成が延びれば最後の入金は先へ動く。手直し用に残した日数も、聞き直しと移動で使っていた。
「九月のこの日に相談できた分と、今からできる分は、分けて残します」
彼女は表の端へ日付を書いた。
航は、分かりました、と答えた。手帳の二行は、もう取り返すための覚え書きにはならなかった。
小池は、次の説明でいつ切り替わると話せばよいか尋ねた。航は日付を決め直してから伝えると答えた。彼女は手順表へ鉛筆で印をつけ、消せるようにしておきます、と言った。
その鉛筆の印を見て、航はようやく、黙っている間にも相手は何かを決めるのだと分かった。分かったあとでも、自分の机に来た別の返事を、すぐには返せなかった。
