看板のない朝05 / 17

第四章冷蔵庫の裏

九月の初め、既存の三拠点から数えて五つ目の拠点で、新しい画面を試すと、朝の便へ積む荷物の数が合わなかった。追加九拠点の二か所目で、まだ試用の日だった。現地には航と修司が来ており、普段の出荷は古い表で続けていた。

行き先も品物も、一覧には載っている。荷物そのものが抜けているのではない。どの運送会社へ何箱渡すかを画面でまとめると、現場の人が用意した数と違った。

現場の女性が、休憩室の冷蔵庫へ歩いていった。

その横の隙間に、細いホワイトボードが立ててあった。

「こっちに書くんです。曜日で変わる人」

配達する先ではなく、途中で荷物を受け取る別の運送会社が、曜日ごとに違う。古い一覧では備考欄へ名前を入れることになっていた。しかし印刷すると字が小さすぎたので、いつの間にかボードで確かめるようになった。作業員はその日の会社名を見て箱をまとめる。百舎が受け取った一覧だけでは、その振り分け方を再現できていなかった。

「それ、前に聞いたときは」

修司が言いかけた。

女性は困った顔をした。

「画面の話を聞かれたから」

彼女にとってボードは、画面の不足を補う例外ではなかった。毎朝そこへ立って書く、普通の仕事だった。

配送拠点の休憩室で、現場の女性が冷蔵庫の横から細いホワイトボードを示し、修司と航が帳票と見比べている。
画面の外にあった、毎朝の確認。

修司は、すみません、と言った。

帰りに、航と二人で一時間以上、駐車場から出られなかった。

曜日ごとに荷物を渡す会社を変えること自体は、画面の作りとして難しくない。だが、これを入れなければ、その拠点では普段の荷物を出せない。八月にまとめて引き受けた範囲に入る仕事であり、見つけた分だけ代金が増えるわけではなかった。

他の拠点にも、聞き方が違えば出てくる仕事があるのではないか。既にある表へ情報を足すだけでは、今の人たちが判断している順番を移せない。

「七つ目も見てくる」

修司は予定を開いた。

「来週の説明は?」

「俺が両方行く」

言ってから二人とも黙った。

百舎へ戻ると、九月に採った小池と阿部が、自分の名前の入った新しい連絡先を確かめていた。小池は利用者への説明と現場の導入、阿部は画面の設定と、手順どおりに動くかの確認を担当する社員だった。最初の三か月は修司や澪につき、客先での仕事を覚える約束で入社した。小池は読み方を間違えられやすい客先名を紙へ書き、阿部は会議の時間を自分の手帳へ移していた。

新しい連絡先と客先名を確かめる小池と阿部。
これから覚える仕事と、自分の席。

これで百舎は、代表の航を含めて七人になった。仕事を分ける相手は増えたが、最初から一人で現地を任せられるわけではない。修司や澪が付き添う日も予定に入っていた。

修司と澪が新入社員の小池と阿部へ、現場で使う画面と説明用の紙を教える。
席が増えれば、教える時間も要る。

航は二人へ、来てくれてよかった、と言った。

本当だった。まだ悪い話だけをするつもりにはなれなかった。

翌週の会議に出すため、修司は報告を書いた。五つ目の試用をいったん止めること。他の七か所にも、一覧表に出ていない作業があるかもしれないこと。全体の予定と費用を見直す必要があること。

全体の予定と費用を見直す必要を、報告へ書く修司。
現場から上がっていた二行。

航は黒崎に先に見せた。資金の相談も要ると思ったからだった。

「全部に問題があると、今、言うのか」

黒崎は最後の二行を指した。

「まず一か所を直してみろ。直せたあとなら、一週間余計にかかっただけの話になる。先方へ不安を売ってどうする」

「他でも違いが出れば、年内がずれます」

「まだ出てない。報告を待つか決めるのは君だ」

航はその夜、報告を送る画面を開いた。全体の日程と費用を見直す必要がある。修司の最後の二行は、まだ知らないことがあるという、正確な説明だった。

水原へ出せば、応援の配置を止めるか、別の現場へ回す前に余裕を残すかを相談できる。九つを受けた条件も聞き直せる。年内という約束を守れるかどうか、分かっていないと認める必要があった。

電話をかけようとして、発信の画面まで開いた。

正確な全体報告を前に、顧客へ電話する手を止める航。
知らせれば、まだ選び直せた。

新しい二人は来てくれてよかったと言われたばかりだった。岡野は共通部分を作る週を待っていた。最初の三つでできたことを、二つ目の試用で早くもできないと言う。水原だけでなく、彼らにも、その順で知らせることになる。

一か所なら、自分たちで直せる。その一か所を直してから話せば、まだできる会社として説明できる。

航は電話を閉じた。報告の末尾へ、ほかの拠点については確認できていません、と自分で一文足した。そこまで伝えれば、全体に問題があると決めつけずに、必要な注意を知らせられた。

送信する前に、その一文と修司の二行を選び、消した。

五つ目の現場には、新しい画面への切り替えを待ってもらう。水原には、その一か所を直している、とだけ伝える。ほかの現場の配置まで変えさせるのは、調べてからにする。航は削ったあとの報告を送り、送信した時刻を確かめた。

原因の全体像を報告から外し、送信する航。
自分が出す文から、外した。

消した二行は自分の手帳へ写した。忘れないためだった。忘れなければ、隠していない気がした。

九月の夜、航が報告から外した二行を自分の手帳へ写す。机には報告の原稿と、送信前の画面がある。
伝えなかった二行を、自分だけの手帳へ。

修司は送信した文を見て、顔を上げた。

「全体の話は」

「一週間だけ、くれ」

「先方は、予定どおりに進むつもりだぞ」

「来週、俺が話す」

一週間で直せた部分はあった。そのために七つ目の下見が遅れた。遅れた下見で空箱の返却が別の紙になっていると分かり、航は、これも確かめてから、ともう一度待った。

二度目には、最初に送らなかった報告を開く時間が短くなった。今から知らせれば、一週間前にも分かっていたと答えなければならない。直す仕事へ戻れば、その問いを今日だけは受けずに済む。

二週目の予定を前に、留保を続ける航。
次の一週間は、早く決まった。

修司は、水原さんの予定も動く、と言った。

「来週には、残りも揃う」

航は揃っていない予定を口にした。黒崎へもう一度決めてもらうことはしなかった。

水原から、十一月の応援要員を別の拠点へ戻してよいかと連絡が来た。新しい仕組みになれば必要な手間が減るはずだった。

航は返事の最初に、全体の確認は残っています、と打った。水原の質問は、十一月に何人をどこへ置けるかという質問だった。百舎の作業が忙しいこととは別に、相手が今日決める必要のあることがあった。

その文を残せば、留保している理由を尋ねられるだろう。航は一度、送信先を見た。まだ返事をしないという選択にも、相手を待たせる結果があった。

書いた文を消し、今のところ予定は変えていません、と答えた。

今のところ、と書いた指は、自分で動かしたものだった。

三週間後、九拠点を調べ直さなければ、残る日程を約束できないと伝えたとき、水原は声を荒らげなかった。

「いつ、分かったんですか」

航は、冷蔵庫の裏のボードを見た日を答えた。

「その日に、分かっていないと言ってほしかった」

既に別の現場へ回した応援要員を戻すには、別の会社へ仕事を頼まなければならない。古い表を知る担当者には、退職前の説明日を追加で作ってもらう。三週間は、百舎の机の上だけで過ぎたのではなかった。

「配置を変える前に、あなたに聞きました」

水原は送った問い合わせを画面へ出した。

「この返事で、別の拠点へ戻していいと判断しました。そこでは、もう、その人がいる予定で仕事を受けています」

航は、修正を終えてから確かなことを伝えたかった、と言った。

「確かな説明を待っていたんじゃありません。予定を変えるかもしれないと、決める前に知りたかったんです」

配置を選び直すための知らせが欲しかったと航へ伝える水原。
正しい答えより、選べる時刻の知らせ。

水原は一度言葉を切った。呼び戻す費用だけではない。その担当者に、行くと言った現場へ事情を説明させる。代わりの人に、知らない表を覚えてもらう。現場ごとの予定を、もう一度確かめる。航が報告を待った理由は、彼らに代わってそれを決められる理由にはならなかった。

その日の夕方、水原は戻せない要員の代わりに入る人と、古い一覧の読み方を確かめた。最初の説明で分かったつもりになっても、荷物を前にすると迷う箇所があった。教える担当者は冬の退職前に休みを取る予定で、追加の説明日を作れば、家の片付けに使う日が減った。

「この日は、午後までなら来られます。夕方は、もう約束があるので」

担当者は暦を指した。水原は承知しましたと答えた。百舎へ先に知らせてもらえていれば、勤務中に確かめられた順番を、今はその人が休みに使うはずだった日へ足す相談をしていた。

水原は帰宅の連絡を遅くなるに変えた。残った人たちへ手順の写しを渡し、一度ずつ説明してもらった。仕組みを切り替えれば早く帰れる、と自分が話した相手だった。

帰宅を遅らせ、残った担当者へ説明を確かめてもらう水原。
向こうの一日も、終わっていなかった。

*

水原は自社の担当者を増やし、倉庫の奥から過去の帳票を集めさせた。足りなかった紙が箱で届いた。

澪が箱を開けると、乾いた埃が光った。航は、直すための資料がそろった、と言いかけた。修司の机には、三週間前に作った報告がそのまま残っていた。

理恵は届いた箱と、増えた出張費の明細を見比べた。調べ直すあいだにも七人の給与と二部屋の家賃は要る。完成が延びれば最後の入金は先へ動く。手直し用に残した日数も、聞き直しと移動で使っていた。

「九月のこの日に相談できた分と、今からできる分は、分けて残します」

彼女は表の端へ日付を書いた。

航は、分かりました、と答えた。手帳の二行は、もう取り返すための覚え書きにはならなかった。

小池は、次の説明でいつ切り替わると話せばよいか尋ねた。航は日付を決め直してから伝えると答えた。彼女は手順表へ鉛筆で印をつけ、消せるようにしておきます、と言った。

その鉛筆の印を見て、航はようやく、黙っている間にも相手は何かを決めるのだと分かった。分かったあとでも、自分の机に来た別の返事を、すぐには返せなかった。

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目次

BAD · 看板のない朝

  1. 01序章|折り目のある紙
  2. 02第一章|三つの青
  3. 03第二章|六時の店
  4. 04第三章|同じに見えた九つ
  5. 05第四章|冷蔵庫の裏
  6. 06第五章|渡せる時間
  7. 07第六章|椅子の代金
  8. 08第七章|ここから止める費用
  9. 09第八章|向こうの机
  10. 10第九章|待つ人の順番
  11. 11第十章|十一月三十日
  12. 12第十一章|完成するまでの夜
  13. 13第十二章|六時の写真
  14. 14第十三章|百舎御中
  15. 15第十四章|取りに来る人
  16. 16第十五章|壁の四角
  17. 17終章|看板のない朝
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