序章折り目のある紙
四月の初め、百舎の代表である相良航は、会社を失うときには画面も消えるものだと思っていた。
実際には、画面は何も変わらなかった。
百舎は、客の職場で使う画面や作業の手順を作る、小さな会社だった。昨日、食品卸へ、店からの注文を入力し、倉庫から出す品物と数量を確かめる仕組みを納めた。百舎でいちばん大きな仕事だった。
午前九時十一分、その食品卸の営業担当から電話が来た。注文と納品の連絡を取り次いできた人だった。会社が事業を止めるので、昨日納めた仕事の代金を、来月の予定日に払えないと言った。いつ、どれだけ払えるかも答えられなかった。

納品を認めないという話ではなかった。受領の連絡は既に来ており、百舎はその代金が入るつもりで、製作にかかった人件費や現場へ通う費用を先に払っていた。
電話を切り、航は自分の机で納品後の確認画面を開いた。朝から正しく動いている出荷の記録が出ていた。前の晩、画面と手順表を担当した成瀬澪は、現場の人がその紙を作業服のポケットへ入れて帰ったと喜んでいた。文字の横に指を置く余白があり、四つに折ると、必要な番号が表に出る。
澪が席へ来て、昨日の修正で問い合わせが減ったと報告した。彼女は、褒められたことを隠すのがまだ下手だった。
航は、よかった、と言った。
それから皆を呼んだ。
会計担当の高瀬理恵は、入金予定の一行を空けた。いつものように眼鏡を上げたので、航は一瞬、何とかなる気がした。表を見せられると、その感じは消えた。
来週の給与を払う金は、口座に残っている。しかし給与だけでなく、家賃や外へ頼んだ仕事の支払いも続く。ほかの小さな仕事から入る代金を合わせても、一か月と少しで、予定どおり払えない日が来る。

「完成したんですよね」
澪は聞いた。
航は頷いた。
「使ってもらったんですよね」
「使ってもらった」
彼女は手順表を見下ろした。自分で折った見本だった。折り目を一度開き、また戻した。

倉田修司が椅子を引いた。航と百舎を始め、仕組みを作る仕事と現場での導入を担っている男だった。食品卸の連絡先を航の机から取り、代金について何を確認できるかを書き始めた。焦ると眉間へ出る皺が、その日は出なかった。

泣いてくれればいいのに、と航は思った。
誰が、とは思わなかった。自分より先に、誰かが。
夕方、澪は紙の見本を捨てなかった。透明な袋へ入れ、納品物の棚へ戻した。

航はそれを見ていた。
誰も喜べなくなってからも、紙には、何度も折り直した跡が残っていた。