第十四章完全勝利
四月最初の土曜、三月末で終えた第一期の報告会に、花瓶が三つ並んだ。
取引先から届いた花だった。一つは会議室へ入らず、廊下に置いた。小池が洗った花瓶を、新しい社員が棚から出して使った。
新たな六拠点は通常の運用へ移っていた。現地の担当者が、画面と配送表で出荷を続けられることを確かめていた。昨年の十二拠点も動いている。全国へ広げる三年の仕事はまだ先が長いが、最初の六つを終え、次の地域の準備に入れた。
百舎にはしばらくの給与と、開発を続ける金があった。新たな借金をせず春を越え、利益は創業以来もっとも大きかった。
理恵は報告会の前、口座の残高だけを利益と呼んでいないことを航と確かめた。まだ終わっていない仕事の着手金は分けてある。支払う費用と税、継続する保守、退職者との争いで必要になりうる支出も見込んでいる。それでも、実際に終えた仕事から残る金は増えた。

「決算と分配を確認してから、個人の買い取りの話を進めてください」
理恵は言った。黒崎の持分を買いたいという航の意向を、彼女は聞いていた。
「もちろん」
航は答えた。その道が数字で見えることに、体の内側から熱が上がった。
川沿いの倉庫の主任も来た。背広は落ち着かないと言い、入口でネクタイを緩めた。新しい社員へ、小池さんは、と聞いた。
「三月末で会社を離れました」
航が答えた。
主任は驚いた。電話での説明が分かりやすかったので、礼を言いたかったという。航は伝えると答えた。会場に小池はいなかった。二月末に解雇した阿部も、昨年末の修司もいなかった。

岡野は新しい開発担当と次の試験の話をしていた。途中で切り上げ、紙皿を二枚取った。新入社員の一人が、毎月同じ日に給与が入る会社へ移れてよかった、と隣の人に話した。
航はその声を聞いた。
守れている人はいた。
主任は、いまは週に何度か家族と夕食を食べられると言った。澪の残した余白には、相変わらずその日の連絡が書かれている。岡野の共通処理は現場の転記を減らし、新しい社員の説明で、初めて使う人も仕事を覚えた。
拍手を頼んだ人は、一人もいなかった。
黒崎が挨拶した。昨春の資金危機を越え、実際に使えるものを作り続けたことを話した。四月に何を完了と書いたか、六月の損失を誰が負ったか、十月になぜ調査が止まったかは話さなかった。
航は自分の番が来るまで、机の下で指を組んだ。
真帆は来ていなかった。工房で修復した帳面を依頼者へ返す日で、先に決まっていた予定だった。澪からは、皆さんによろしく、と返事が来ていた。修司から来ていたのは、訂正に関する返事を求める文だった。
名前を呼ばれて立った。
「ここまで来られたのは、皆さんのおかげです」
本当にそう思った。目の前の社員は仕事をし、顧客は代金を払い、その仕事を使っている。
航は次の地域の話を始めた。さらに多くの人が早く帰れるように、自分たちにはできることがある。
話すうちに喉が楽になった。部屋にいない人の名を入れずに、ここまでの道を説明できた。
会のあと、主任が窓辺へ来た。
「最初の余白を作った方は、島で展示をしているんでしたね」
航が頷くと、あれを今も使っていますと伝えてほしい、と頼まれた。航はその言葉を携帯電話へ書いた。本人へ知らせるべき良いことだった。
南の拠点のことも聞こうとして、主任が来たのは別の倉庫だと思い直した。聞く相手の名前は分かっていた。今日の席にはいないだけだった。
黒崎が隣へ来た。
「勝ったな」
「まだ、最初の六つです」
「去年の春に怖がっていたものには、勝った」
その通りだった。給料は払えた。会社は続いた。役に立つ仕事があった。借入の紙は、署名しないまま終わった。
「株のこと、決算の確認が済んだら進めたいです」
航は言った。
黒崎は頷いた。
「約束どおりでいい。君の会社になる」
窓に二人の姿が映っていた。航は、やっとここまで来たと思った。黒崎は携帯電話を見てから、しばらく外を見ていた。

「昔の相棒に、電話しようと思ったことがある」
「かけたんですか」
「用事がないと、何を言えばいいか分からなくてな」
部屋の奥から写真を撮りませんかと声がした。二人は窓を離れた。岡野、理恵、新しい社員たちと並び、黒崎は航の肩を一度叩いた。
航はレンズへ顔を向けた。いまここにいる人は、一枚の写真に収まった。