第十章君に任せたい
二月の終わり、岡野が第一期の試験結果を持ってきた。
各拠点から受け取った出荷の例で、情報を引き継ぎ、必要な表を出せるか確かめていた。共通の部分は安定していた。返品のような例外は、人が条件を確かめて追加した。AIが整理を速くし、新しく加わった社員も手順を覚えた。三月の切り替えまでに、残る修正を終えられる。
航は立ち上がり、ありがとう、本当に助かった、と言った。
岡野は嬉しそうにした。夜間の当番に追われず、共通部分をまとまった時間で作れたことが大きいという。交渉で守った条件が、仕事に返ってきていた。

航には次の話があった。開発を一つの部署にし、岡野へ責任者を任せる。採用にも参加してもらう。最初から最後まで見られる仕事を望んでいた彼に、任せられる範囲を増やす。
「やりたいです」
岡野は答えた。それから資料を一枚、机へ置いた。問い合わせ整理の効果を計った表だった。
「阿部さんを切る理由に、これを使ったと聞きました」
航は椅子へ座り直した。
「仕事が減ったのは事実だろう」
「転記が減りました。設定を確認する仕事まで、なくなったとは書いていません」
「新しい二人もいる」
「その二人へ、阿部さんが教えたところもあります」
航は採用時の役割の違いを説明した。岡野は理解していた。全員が同じ能力で交換できるとは思っていない。それでも阿部に半年かけて教える選択を、利益が薄くなるという理由で捨てたことを聞いていた。
岡野は表の右端を指した。

「次に僕が十時間減らしたら、また誰かを切りますか」
航はすぐに答えられなかった。
「そうと決まったわけじゃない」
「皆が手順を出さなくなるのが、怖いんです」
廊下で、新しい社員が小池へ、前の画面では何を確かめていたのか聞いていた。小池は一度、自分の席へ戻って説明を始めた。机の横に立つ二人を、岡野はガラス越しに見た。
航は新しい部署の予算を出した。試験に使う時間も、設定を確かめるための人もつける。欲しい人の条件を聞くと、岡野の答えは航が考えたものより具体的だった。

二人は三十分、採用の話をした。実際に必要な話だった。予算も、紙の上だけではなく使えるものだった。
「だから、君に任せたい」
航は言った。
岡野は頷き、表を重ねた。帰る前に、阿部へ説明する資料には自分の名前を使わないでほしいと言った。
「効果の測定は僕がしました。解雇を提案したのは僕ではありません」
「分かってる。こうやって言ってくれる人がいて、よかった」
航は笑った。岡野は笑わなかったが、部署の話を断らなかった。
会議室を出た岡野は、理恵の机で立ち止まった。彼女は阿部の最終給与を確かめていた。二月末で雇用が終わる。書類の送付先は、先月選んだ部屋だった。
「僕だけ残って、部署を持つんですよね」
理恵は画面から目を離した。
「その仕事をやりたいのは、嘘じゃないでしょう」
「はい」
「私も給料が要ります。ここで続ける理由があります。でも、何を決めたのが誰かは、消さないほうがいい」

彼女は阿部の書類を封筒へ入れた。角が曲がらないように押さえ、閉じる前に宛名をもう一度見た。

岡野は自分の席へ戻った。挨拶案に航が書いた、ここまで来た以上、前へ進むしかない、という一行を消すよう提案した。航は翌日の説明会でその文を読まなかった。
代わりに、さらに多くの現場へこの時間を届けたい、と言った。
言葉はよくなっていた。岡野は社員の席で聞きながら、質問への答えを受け取ったかどうかを考えた。