すべての灯り15 / 16

第十四章完全勝利

四月最初の土曜、三月末で終えた第一期の報告会に、花瓶が三つ並んだ。

取引先から届いた花だった。一つは会議室へ入らず、廊下に置いた。小池が洗った花瓶を、新しい社員が棚から出して使った。

新たな六拠点は通常の運用へ移っていた。現地の担当者が、画面と配送表で出荷を続けられることを確かめていた。昨年の十二拠点も動いている。全国へ広げる三年の仕事はまだ先が長いが、最初の六つを終え、次の地域の準備に入れた。

百舎にはしばらくの給与と、開発を続ける金があった。新たな借金をせず春を越え、利益は創業以来もっとも大きかった。

理恵は報告会の前、口座の残高だけを利益と呼んでいないことを航と確かめた。まだ終わっていない仕事の着手金は分けてある。支払う費用と税、継続する保守、退職者との争いで必要になりうる支出も見込んでいる。それでも、実際に終えた仕事から残る金は増えた。

四月の報告会の前、理恵と航は未完了の仕事の資金や必要な支出を分けた帳簿を確かめている。
残高のすべてを、勝利とは呼ばない。

「決算と分配を確認してから、個人の買い取りの話を進めてください」

理恵は言った。黒崎の持分を買いたいという航の意向を、彼女は聞いていた。

「もちろん」

航は答えた。その道が数字で見えることに、体の内側から熱が上がった。

川沿いの倉庫の主任も来た。背広は落ち着かないと言い、入口でネクタイを緩めた。新しい社員へ、小池さんは、と聞いた。

「三月末で会社を離れました」

航が答えた。

主任は驚いた。電話での説明が分かりやすかったので、礼を言いたかったという。航は伝えると答えた。会場に小池はいなかった。二月末に解雇した阿部も、昨年末の修司もいなかった。

成功した導入の会場で主任が航へ礼を伝える。航は短く返し、ふと横を見る。小池、阿部、修司はこの場にいない。実在する仕事の成果と、感謝を直接聞けない人の不在。豪華な高層ホテルにしない。
届いた礼の中に、いない人の仕事があった。

岡野は新しい開発担当と次の試験の話をしていた。途中で切り上げ、紙皿を二枚取った。新入社員の一人が、毎月同じ日に給与が入る会社へ移れてよかった、と隣の人に話した。

航はその声を聞いた。

守れている人はいた。

主任は、いまは週に何度か家族と夕食を食べられると言った。澪の残した余白には、相変わらずその日の連絡が書かれている。岡野の共通処理は現場の転記を減らし、新しい社員の説明で、初めて使う人も仕事を覚えた。

拍手を頼んだ人は、一人もいなかった。

黒崎が挨拶した。昨春の資金危機を越え、実際に使えるものを作り続けたことを話した。四月に何を完了と書いたか、六月の損失を誰が負ったか、十月になぜ調査が止まったかは話さなかった。

航は自分の番が来るまで、机の下で指を組んだ。

真帆は来ていなかった。工房で修復した帳面を依頼者へ返す日で、先に決まっていた予定だった。澪からは、皆さんによろしく、と返事が来ていた。修司から来ていたのは、訂正に関する返事を求める文だった。

名前を呼ばれて立った。

「ここまで来られたのは、皆さんのおかげです」

本当にそう思った。目の前の社員は仕事をし、顧客は代金を払い、その仕事を使っている。

航は次の地域の話を始めた。さらに多くの人が早く帰れるように、自分たちにはできることがある。

話すうちに喉が楽になった。部屋にいない人の名を入れずに、ここまでの道を説明できた。

会のあと、主任が窓辺へ来た。

「最初の余白を作った方は、島で展示をしているんでしたね」

航が頷くと、あれを今も使っていますと伝えてほしい、と頼まれた。航はその言葉を携帯電話へ書いた。本人へ知らせるべき良いことだった。

南の拠点のことも聞こうとして、主任が来たのは別の倉庫だと思い直した。聞く相手の名前は分かっていた。今日の席にはいないだけだった。

黒崎が隣へ来た。

「勝ったな」

「まだ、最初の六つです」

「去年の春に怖がっていたものには、勝った」

その通りだった。給料は払えた。会社は続いた。役に立つ仕事があった。借入の紙は、署名しないまま終わった。

「株のこと、決算の確認が済んだら進めたいです」

航は言った。

黒崎は頷いた。

「約束どおりでいい。君の会社になる」

窓に二人の姿が映っていた。航は、やっとここまで来たと思った。黒崎は携帯電話を見てから、しばらく外を見ていた。

報告会のあと、航と黒崎が百舎の窓辺に並び、窓には二人の姿が映っている。
去年の春に怖がっていたものには、勝った。

「昔の相棒に、電話しようと思ったことがある」

「かけたんですか」

「用事がないと、何を言えばいいか分からなくてな」

部屋の奥から写真を撮りませんかと声がした。二人は窓を離れた。岡野、理恵、新しい社員たちと並び、黒崎は航の肩を一度叩いた。

航はレンズへ顔を向けた。いまここにいる人は、一枚の写真に収まった。

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目次

HELL · すべての灯り

  1. 01序章|お祝いだから
  2. 02第一章|動いている画面
  3. 03第二章|七分早い午後
  4. 04第三章|外へ続く道
  5. 05第四章|二つの青
  6. 06第五章|誰も困っていない
  7. 07第六章|三年後の席
  8. 08第七章|新しい椅子
  9. 09第八章|写真の外側
  10. 10第九章|机の高さ
  11. 11第十章|君に任せたい
  12. 12第十一章|一時間の用事
  13. 13第十二章|花を送る
  14. 14第十三章|会議の終わり
  15. 15第十四章|完全勝利
  16. 16終章|明日の欄
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