第十二章花を送る
三月、澪から島の資料館の展示案内が届いた。厚い紙に波の線が一本だけ入っていた。
十二月から仲間と作っていた展示のうち、立体地図などに来館者が触れられるようになったという。次の土曜なら、金曜の夜に港まで行って、朝の船で着けた。
航は予定を開いた。社員の研修があったが、自分の説明は金曜に済ませられる。岡野は土曜の連絡を引き受けられた。急ぐ出張もなかった。
行けた。
資料館の写真には、住田と木工職人、名前を知らない人たちがいた。澪は端で台を動かしていた。百舎に置いたものより、低く、横からも手を入れられる台だった。
航が以前作った台が、間違っていたわけではない。別の人の手で、先へ進んでいた。
彼は船の時刻を閉じた。公開したばかりで忙しい。行けば気を遣わせる。まだ話しにくいこともある。そう考えると、花を送るのがよい気がした。
阿部がいたころは頼めた事務を、今は小池が引き受けていた。航は彼女へ届け先を渡した。小池は先方へ確かめ、島へ大きな鉢を送ると手入れに困るので、小さな花束なら置けると教えた。
「それにして」
送り主を百舎一同にする案に、小池は、自分の言葉は個人名で添えてよいかと聞いた。航は構わないと言った。
岡野は、動きの硬い箇所があれば見に行きます、と書きかけ、仕事の提案みたいだと笑って直した。理恵は見たい展示の名前を書いた。新しい社員は澪と働いていないので、地図の写真を見た感想を書いた。
小池は、教えてもらった説明の順番を今も使っています、と書いた。

集まった言葉を、小池が一枚のカードへ貼った。

航は、君の成長を誇りに思います、と書いた。読み返して会社の挨拶らしすぎると思ったが、社長の言葉としては、そのくらいがよい気がした。
花の届いた翌日、写真が来た。子どもが地図の道へ指を置き、隣の大人が潮の板をゆっくり動かしていた。道は太くなり、途中へ指を置いたまま迷える場所が増えていた。

写真の下に、展示の協力者が一人ずつ書かれていた。百舎の名前はなかった。真帆も会社としてではなく、住田を紹介した個人として澪とやり取りしていた。
航は、会社にいた時間も役立っているはずだ、と思った。
航が返事を書く前に、小池は写真を見て、ここから曲がれるようになったんですね、と返していた。岡野は子どもの手が届く高さを尋ねた。二人の文には、百舎へ戻ってくる話がなかった。
その土曜、航は会社へ行った。研修で若い社員が驚き、少しだけ質問したいと言った。航は三十分、顧客への説明の話をした。相手の紙を取り上げず、何を書いているか聞くように教えた。
社員は頷いた。教えたことは、いまも正しかった。
帰りに小池が、助かりました、と言った。航は来てよかったと思った。
船はもう島から戻ってくる時刻だった。
小池の机に、澪から届いた別の連絡が開いていた。百舎の営業資料を見た協力先から、島の展示の権利も会社にあるのかと聞かれたという。写真を外すだけでなく、提出先へ訂正してほしい、とあった。
その週、澪は資料館の打ち合わせに、自分で買った材料の記録と、百舎へ渡していない制作の記録を持っていった。協力者が安心して次の板を作れるよう、どの部分を誰が作ったかを説明した。
相手は澪を疑って責めたのではなかった。会社の研究開発だという資料が残っているなら、使ってよいかを一度確かめる必要がある。澪はその判断が分かった。分かるからこそ、自分が毎回説明しなければならないことに疲れた。
打ち合わせが終わると、住田が展示室の戸を開けた。澪は案内を頼まれていた親子へ地図を見せた。子どもが潮の板を動かし、今度は別の道を探した。大人が急いで教えようとすると、澪は、ここで考えても大丈夫です、と椅子を引いた。

しばらくして指が別の道へ進んだ。澪は見ていたかった時間を、仕事として持てていた。それでも閉館後には、営業資料を受け取った相手の名前を小池に確かめる文を書いた。
航のカードは花束のそばにあった。成長を誇りに思う、と書いてあった。澪は嬉しかった頃のことも思い出せた。彼が余白を守ってくれた日の帰り道を、悪い思い出に変える必要はなかった。
カードの端には、理恵と小池たちの文も並んでいた。澪はそれぞれを読み、自分の手帳へ、百舎から訂正の連絡待ち、と書いた。祝いを受け取ることと、作品を会社のものとして扱わせることは、別にしておきたかった。
小池は次の会議で話すため、日時を手帳へ書いた。