第八章写真の外側
二月、全国展開を知った業界誌から取材が来た。
小池は会議室の花瓶を洗った。阿部は引継ぎを終えて出勤していない。花をどこで買うか、去年なら隣の席へ聞けたことを、小池は一人で決めた。

記者は、倉庫で見た紙の余白の話をよく聞いた。画面を作る会社が紙をなくさなかったこと。使う人の手順から考えたこと。航は澪と岡野の名を出した。自分一人の手柄にするつもりはなかった。
創業の話になり、前の会社で疲れていた仲間と独立した経緯を話した。携帯電話に、机が二つ、湯呑みが三つ写った写真があった。修司はカメラへ何か言おうとして、口を半分開けていた。
良い写真ではなかった。良い夜の写真だった。

記者が、いまその方は、と聞いた。
「育成の仕事へ進みました。本人に合う道です」
航は言った。訓練所で週二日働いていることは本当だった。百舎を去ることを本人が選んだ、とは言わなかった。記者が自分の道を選べる会社なのですねと受け取ったとき、訂正しなかった。
校正が届くと、修司は自ら後進へ席を譲ったことになっていた。阿部については名前がなく、AI活用で人員を柔軟に配置するとあった。
航は二つの文を読んだ。直すなら、いま直せた。
校正の返信欄へ、倉田は自ら退職したのではありません、と書いた。続きを書けば、役職の廃止を決めたのは自分だと説明できる。阿部の配置も、本人が柔軟に動いた結果ではなく、航が雇用を終えると決めた結果だった。
記者が不正を調べに来たわけではない。会社がどう仕事を良くしたかを話していた。その記事でわざわざ、人を切った話をする必要があるのか。航は書きかけた訂正を消した。二人の名前を入れずに良い会社を説明できる、その形を残した。

写真だけを、現在業務に参加している社員のものへ差し替えるよう頼んだ。創業の写真は掲載されなかった。

澪の紹介には、百舎の支援から島の展示が生まれたと書かれていた。小池は本人へ確かめましょうかと言った。
「地図の写真は使わない。仕事の紹介だから、今回はこれでいい」
「でも、会社の研究開発という提案を、取り下げてほしいと言ってました」
航は営業資料の写真を既に外していた。ただ、以前の提出先へ、会社の作品ではないと知らせてはいなかった。その相手には、展示も手がけられる会社として覚えられていた。
「写真はもう外したよ」
小池は画面を見た。

「何のために外したのかも、伝えないと」
取材の返送期限が近かった。航はその話はあとにしようと言った。校正へ承認を送り、小池の確認する画面を閉じた。
同じ午後、発注元から、全国契約のために旧三拠点の体制変更を説明してほしいと依頼があった。解雇した修司の名前が、最初の調査責任者として残っている。新しい担当への引継ぎで問題がないかという確認だった。
航は、旧担当者の確認不足を、担当交代と共通処理の整備で解消した、と書いた。

四月の未確認を知って完了にしたのは、自分だった。修司は報告を止め、事故のあとも訂正を求めた。書いた文は、その順序を逆にした。
指が止まった。

旧担当者は未確認を報告し、代表が工程の完了を承認した。航はその文を、いったん説明の末尾へ足した。二つの文が画面に並ぶと、最初の文が誰を守っているかがよく分かった。
いまからでも後の文を残し、最初を消せた。訂正を求めた修司に、この説明を出したと伝えられた。
解雇した人を理由にすれば、いまいる人の体制は問題なく認められる。ここで自分の承認を説明すれば、前年の調査がなぜ終わったかまで戻る。
航は末尾に足した自分の承認を消した。本文に修司の名があることを確かめ、提出を押した。夜を越して考えることはしなかった。修司がこの説明を読んだときの返事より、先方の確認がいつ済むかを考えていた。
数日後、黒崎から、先方の確認が済んだと連絡があった。
「これで進められる」
航は礼を言った。電話のあと、記事が公開されたという通知が来た。前の会社の知人からも祝いが来た。あの頃から人を大事にしていた、と書かれていた。
返事をする前に、小池が花の水を換えに入った。茎の先を少し切り、短くなった花を花瓶の縁へ寄せた。
「まだ、持ちますね」
航はそう言った。小池は、はい、と答えて、切った茎を包んだ。