第六章三年後の席
一月二日、黒崎の会社は正月の飾りだけが新しかった。
守衛に名を言うと会議室へ通された。机には資料が二部あり、黒崎が自分で茶をいれていた。湯を注ぐときだけ眼鏡を外した。

「年末に決める話じゃなかったな」
航は顔を上げた。
「澪さんは自分の仕事へ行った。倉田君は君が雇用を終わらせた。同じ辞めた、にして考えるなよ」
黒崎は二つの茶碗を置いた。航は熱い縁を持った。あの判断を勧めた人に区別されることが、不当に思えた。
「役職を減らすのは、黒崎さんも」
「利益は出ると言った。君が選べないとは言っていない」
窓の外で立体駐車場の床が動いた。車を載せた場所が別の高さへ運ばれ、空いたところへ次の車が入った。
航は全国展開の数字を示した。既存の保守、新しい導入代金、人件費。新たな借入はしない計画で、黒崎に創業時の出資を返す日もなかった。黒崎の二割は今も株として残っていた。
「この仕事を終えたら、持分を買えるでしょうか」
「利益が予定どおり積み上がって、会社に残す分を残せればな」
黒崎は創業時の取り決めの写しを出した。二百万円に利益に応じた上乗せ、上限四百万円。条件は変わっていなかった。
「これは君個人が買う話だ。百舎の着手金をそのまま私へ払う話じゃない」
「分かっています」
航は紙の端をそろえた。自分が何に安心したいのかを言葉にすると、そこから逃げるように聞こえそうだった。
黒崎は全国契約の頁へ戻った。三年の途中でも、合意して百舎側の責任者を交代できる。規模を広げない場合にも、十二拠点の保守を続ける道はある。株を買い取っても、この仕事の契約まで自動で消えるわけではない。

「私が株主だから、いつまでも君が責任者をやれと言ってるんじゃない。必要な人を育てれば、代われる」
そのための育成費も入っていた。
航は出口の頁を長く読んだ。出口があると分かると、入ることが容易になった。
三年あれば、修司の解雇に関する話を終わらせられる。須田の扱いも、余裕ができてから改善できる。黒崎の株を買い、自分の言葉だけで会社のことを決める。それから謝れば、誰かに動かされた人間の言い訳ではなくなる。
そう順番を置くと、今するべきことが一つになった。
「三年、やらせてください」
黒崎は署名用のペンを出さなかった。
「今日は条件を直す。社員に話してからだ」
二人は昼まで、地域ごとの導入順を確かめた。黒崎は遠い拠点へ二度行く費用が抜けているのを見つけ、見積もりへ戻した。航も直した。彼は実際に仕事を知っていた。適切な指摘が来るたび、航の肩から少しずつ力が抜けた。
帰り際、黒崎の携帯電話が鳴った。彼は名前を見て、あとでかける、と答えた。
「お正月なのに、すみません」
「いや。私も、会社のほうが話が早い」
冗談の調子だった。航は笑い、同じ形に折った契約案を鞄へしまった。
外へ出ると、閉まった食堂の前に家族連れがいた。営業日の紙を読み、誰かが別の店を知っていると言った。全員がそちらへ歩いていった。
航は一人で駅へ向かった。真帆から年始の写真が届いていた。どの人が誰なのか分からなかった。いいね、と返し、明日の資料を開いた。
