すべての灯り04 / 16

第三章外へ続く道

八月の正式稼働後、同じ発注元から、九拠点を追加する相談が来た。既存の三か所と合わせて十二。年末までに使い始めたいという。

春の支払いを越えるために、どうしても取らなければならない仕事ではなかった。保守と小口の仕事を続ける案もあった。九拠点へ広げれば、導入代金に加え、その先の保守も増える。人を採り、現場と制作を同じ一人に抱えさせずに済む。

修司も仕事そのものには賛成した。ただ、南の件を正式に直した説明にすることと、現場を見る時間を見積もりから削らないことを求めた。

航は、先方とは話す、と答えた。

航、修司、理恵、岡野は机へ日程と費用を並べた。既存の三拠点を支えながら九拠点を調べるには、二人を増やす必要があった。その給与と教育の時間を含めて見積もり、追加の仕事を受けた。

百舎の机を囲む航、修司、理恵、岡野が、稼働済みの三拠点と追加する九拠点の図、日程表、費用の表を見比べている。
動いている三拠点を支えながら、新たな九拠点へ。

九月、説明と導入を担当する小池、設定と確認を担当する阿部が入社した。二人は百舎の社員として給与を受け取り、修司と澪の横で現場の条件を覚えた。七人になっても、最初から二人分の仕事が軽くなるわけではなかった。

修司と澪が新入社員の小池と阿部へ、現場で使う画面と説明用の紙を教える。
席が増えれば、教える時間も要る。

隣室を借り、地図を片付けずに置ける台も用意した。私物を置いてよいというだけの台だったが、運び込むときに脚へつけた傷まで、航には自分のしたことの証拠に見えた。

その台の前で、澪が十二月から島の資料館で働きたいと言った。

新しい机のある隣室で、澪が開いた手帳を前に島の資料館へ移る意思を話し、航が机の下で手を組んで聞く。
ここで働いたからこそ、次の場所を選ぶ。

住田や地元の人たちと、触れて分かる展示を作る。二年の雇用契約で、最初の公開は翌春。そのあとも来館者の反応を見て直していく仕事だった。十一月三十日を百舎の最後の日にしたい、と彼女は言った。

「展示なら、ここでも始められる」

航は給料を下げずに部門を作る案を話した。澪は最後まで聞いてから、向こうでやりたい、と答えた。

「ここへ来たから、自分で選べる気がしたんです」

彼女は以前、自分の説明は人を困らせると思っていた。航は慌てず一つずつ見ようと励まし、実際に彼女の紙を顧客の前で守った。その先に澪が選んだ道は、航の台から離れていた。

黒崎は地図の写真を見て、これを会社の提案に入れればいいと言った。

「会社の金で作ったものではありません」

「君が場所を用意した。仕事を早く終えられるようにもした」

それは事実だった。作品の持ち主が変わる理由にはならなかった。

航は写真を使ってよいか、澪に尋ねる文を書いた。会社の仕事とは分けて紹介したい、と添えればよかった。二階で生まれたものが外で認められる。その嬉しさを、そのまま提案にすればよかった。

資料には、百舎の研究開発例という見出しを先につけていた。澪が読めば、違います、と言うだろう。地図を作る部門を任せれば彼女は残るかもしれない、という見込みも、その一言でなくなる。

航が会社の提案資料へ澪の個人の立体地図の写真を入れる。手元に地図の写真と提案画面。澪は画面外。作った人の許可なく会社の実績へ移す判断。文は読めない抽象的な行だけ。
個人の仕事へ、会社の見出しをつけた。

航は見出しを一度、成瀬澪の個人制作、と直した。写真の中には自分が用意した台があった。その部分だけを見ていると、彼女が離れていくことを、不当に奪われることのように感じた。

「会社がやったことも、あるだろう」

画面へ言った。彼女に言って相談する代わりに、許可を尋ねる文を閉じた。見出しを元に戻し、提出先へ送った。彼女の返事を待つ必要のない資料を、航が選んで作った。

澪は写真の横へ指を置いた。

「私のお金と、休みの日に作ったものです。会社の作品にしないでください」

「まだ売ったわけじゃない。仕事になるなら、君にも払う」

「売る相談を、してないです」

澪は写真の横の、研究開発という字を指でなぞった。

「住田さんには、私が試しに作ったものを見てもらうって話しました。向こうの人も、そのつもりで手伝ってくれてます。会社の仕事なら、私から言い直さなきゃいけないんですか」

「だから、そうなったら条件を」

「そうなってないです。私に聞いてないから」

声が途切れた。澪は息を吸い、航から目をそらさず続けた。

「ここで作ってもいいって言われたとき、嬉しかったです。終わってから自分のこともやっていい会社だって思った。でも、そういう場所を借りたら、作ったものまで出さないといけないんですか」

航は、そんな意味じゃない、と言った。

「じゃあ、戻してください。これを受け取った人にも、会社の作品じゃないって」

その要求なら、今からでも実行できた。提出先へ連絡し、掲載の許可を取っていないと伝えるだけだった。航は、せっかく提案した会社の新しい力を、自分から取り消す文を頭の中で作った。そこで次の打ち合わせの時刻を見た。

航は次の打ち合わせが終わったら差し替えると言った。提出を取り下げれば、会社にはまだない力を見せようとしたことまで伝わる。

澪はその夜、退勤後に板を箱へ入れた。航の許可を得て使ってきた机から、自分の作品を持ち帰った。台だけが残った。

家の机は、透明な板を全部置くには狭かった。澪は床へ布を敷き、道を一本ずつ外して箱に収めた。寝る前に続きを作るつもりだったが、住田へ電話をかけるほうが先になった。

「私のほうから、変な説明が届くかもしれません」

自分のしていないことを、自分の口で説明した。住田は百舎の会社員であることと、地図を作った人であることを分けて聞いてくれた。澪は、ありがとうと言ったあとで、会社でもそうしてほしかった、とこぼした。

澪が資料館の住田へ、地図を作った自分の立場を説明する。地図と資料を手元にして、他人の言葉を訂正し自分の仕事を守る。百舎の営業ではない。航は不在。
作った人として、自分の口で説明する。

その晩は一本も道を足さなかった。航へ知らせるための写真を撮るのもやめた。見せるのが楽しかった場所で、見せたらどこへ使われるかを考えるようになった。

翌朝、澪はいつもどおり百舎の画面を直した。勤務中の仕事を投げ出すつもりはなかった。航が台の前で待っても、退勤後に箱を出すことはなくなった。彼は彼女が島へ行く準備で忙しいのだと思うことにした。

十月、九拠点の準備中に、発注元が過去の試用事故を調べ始めた。

南の返品の損失を、現場の費用として済ませてよいのか。四月に調査済みなのに、六月に初めて条件が追加されたのはなぜか。担当者は二つの日付を並べて尋ねた。

南では須田も、聞き取りの予定を渡された。母の迎えを頼める日を選び、勤務表と、自分が書いた経緯の写しを揃えた。三か月、手順を守らなかった人として働いていた。何が未確認だったのかを、今度は担当者へ直接話せる。

須田が母の迎えの予定、勤務表、経緯の写しを小さな机に揃える。自分で選んだ聞き取りの日へ備える。具体的な紙と手帳、派手な裁判・法廷は描かない。
直接話せる日のために、写しを揃えた。

彼女は施設へ、勤務がまた変わるかもしれないので、減らした曜日の空きを教えてください、と電話した。戻れると決まったわけではない。それでも、一人で調整してきた予定を、元へ寄せることを初めて考えられた。

航は黒崎の会社へ行った。黒崎は、調査を受け、代金の返還や補償を相談する道があると先に言った。受注を減らしても会社は残せる。必要なら通常の融資を改めて検討できる。

「もう一つは」

航から聞いた。

黒崎は、調査を取りまとめる先方の幹部が、個人的な金銭の見返りに、この件を本部の審査へ上げない意向を示している、と答えた。正規の検査費ではなかった。誰に頼めばよいかという説明を、航は途中で止めた。

「賄賂を渡して、調査を消すんですね」

「そういう話だ」

航は窓の外を見た。七人の来月の席、隣室、買ったばかりの椅子。まだ仕事を覚えている阿部の声を思い出した。契約を止められたら、誰から事情を話せばよいのか。

黒崎の示した普通の融資には、金を返す日があった。調査に応じれば、返還と補償の額を確かめ、九拠点を小さくしても七人の仕事を探すことになる。航は手帳に、返還額確認、融資相談、と二行書いた。

その下へ、須田、と書いた。六月に渡された紙は、まだ鞄の内側にあった。彼女は調査が進めば、自分の名前の横の一行を直してもらえるかもしれない。

航が調査を止める判断の紙に須田の名を加える。ペンと紙、承認前の手が中心。人物は航だけ。自分の名で進める決裁、読める氏名や金額を画像に入れない。
誰の説明を止めるか、航は知っていた。

「止めたら、現場の責任という説明が残ります」

航は言った。

「そうなるだろう」

黒崎は否定しなかった。航が知らずに払う話には、してくれなかった。

七人の給与と、一人の手当を比べたくなった。比べていいものではない。調査を受けても直ちに七人全員を切ると決まっていない。それでも、人数を並べると、自分の選ぶ側に重さをつけられた。

「あとで、彼女の分は何とかできますか」

「金を渡すことと、調べなかったことにするのは別だ。今、何を頼むかを決めてくれ」

航はペンを置いた。返還額確認という字は、まだ二重線で消していなかった。そこから始めると言えば、この部屋を出て修司に事情を話せる。須田が聞き取りの日を待っていることも、その予定の中へ戻せる。

「一度、社内へ持ち帰ります」

口の中でその文を作ったあとで、航は、九拠点の納期が止まる期間を考えた。契約を続けるために自分が働くことと、自分のしたことを人に説明することなら、働くほうがずっと楽だった。

「払います」

航は言い直した。

「調査を本部へ上げない話で、進めてください」

何のための金かを、今度は相手の言葉に任せなかった。手帳の二行を消し、九拠点の日程を囲んだ。

会社の金を使う承認も、航がした。理恵は支出の目的を問い、説明どおりの正規の業務が見当たらないと伝えた。航は、自分の判断と責任で行う、と答えた。彼女はその返答を消さずに記録した。

十月の百舎で、航が不正な支出を承認する一方、理恵はその回答を帳簿のそばに書き留めている。
問いへの返答は、消さずに残された。

調査は打ち切られた。九拠点の契約は止まらなかった。

理恵はその朝、阿部の研修費を予定どおり払った。小池は現場から帰り、初めて一人で説明を終えたと話した。航は彼女の手順表を見て、よく順番を変えたね、と褒めた。彼女が一瞬困った顔をしてから笑うのを、彼は嬉しく見た。

同じ午後、南の聞き取りは取り消された。

須田が聞き取り中止の連絡を受け、揃えた経緯の紙の前で携帯を下げる。静かな怒りと取り消した母の迎えの手配。本人の生活がまた変更される場面。航は不在。
話すために空けた日も、使われなかった。

須田は事務室で、手順の整備が済んだので調査の必要はなくなった、と告げられた。用意した紙を出し、手順違反という扱いも変わるのかと聞いた。主任は、本部からそこを変える指示はない、と答えた。

「私には、まだ何も聞いてないですよね」

「決まったことだから」

「何が決まったんですか。表に欄がなかったって、倉田さんも見てくれたんです。私の説明を聞いてから決めてください」

最後の声が震えた。須田はもう一度紙を出したが、主任は受け取っても次に渡す先がないと言った。彼の机には、新しい表で減った作業時間の報告があった。

帰宅してから、須田は施設へ、勤務は変わらないので先ほどの相談は取り消します、と電話した。母の前では、夕飯にするね、と普通の声を出した。流しで米を研いでいる途中、水を止め、縁へ両手をついた。

半年後に戻れるなら、半年の予定を組める。自分の間違いだったと決まるなら、それを言い直さなければならない。説明の機会までなくなった今、いつまでこの暮らしを続けるのか、誰も彼女には答えなかった。

その週末、須田から修司へ連絡が来た。手順違反という扱いを訂正してほしいと願っていたが、調査がなくなったと聞いたという。夜勤に戻れず、手当が減ったままだった。

修司は航に、その話を伝えた。

「君は何を払って、何を止めたんだ」

「会社を止めないためだ」

航は答えた。春には、終わらせるから、と誰もいない部屋へ言った。今は、目の前の修司へ説明できた。

「須田さんのことは、会社を止めなくても話せる」

「全体を見てくれ。一つの現場だけの話じゃない」

修司の顔を見て、航は初めて、その言葉を言った。彼が何を見ていたかを知っている。見たものが足りないことにすれば、自分の判断を動かさずに済んだ。

修司が出ていったあとで、航は新しい拠点の予定を開いた。そこには予定どおりという文字が並んでいた。鞄にある須田の紙は、外側の折り目がほつれ始めていた。何度も出すためではなく、出さないまま持ち歩いているためだった。

その秋、真帆は古文書の修復を学ぶ半年の講習に通い始めた。別の町の工房にも机を借り、自分の依頼者の本をそこで直した。航が百舎の展示部門とつながるかもしれないと言うと、彼女は工具をしまう手を止めた。

「仕事を頼みに来たんじゃないよ。来月どこにいるか、話してるの」

航は予定を聞き直した。聞いているあいだも、空いた台へ何を置けばよいかを考えていた。

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目次

HELL · すべての灯り

  1. 01序章|お祝いだから
  2. 02第一章|動いている画面
  3. 03第二章|七分早い午後
  4. 04第三章|外へ続く道
  5. 05第四章|二つの青
  6. 06第五章|誰も困っていない
  7. 07第六章|三年後の席
  8. 08第七章|新しい椅子
  9. 09第八章|写真の外側
  10. 10第九章|机の高さ
  11. 11第十章|君に任せたい
  12. 12第十一章|一時間の用事
  13. 13第十二章|花を送る
  14. 14第十三章|会議の終わり
  15. 15第十四章|完全勝利
  16. 16終章|明日の欄
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